FC2ブログ

お酒はほどほど・・・。

深酒してしまいました、しかも一人で・・・。
最近では病院以外ではしゃべる人もなく、一人酒をやってしまいます。アルコールはお医者さんに止められているんですけど・・・(汗)しかし心肺系が良くなってから飲んでみると結構な確率で深酒二日酔いに。やっぱりお酒はほどほどにです。

お酒も止めるようにと言われているのですが元々それほど飲む方ではなくひと月に4~5回ほど。ほぼ週一ペースです。でも確かに心臓の心配が無くなってからは週二くらいになってるかも。タバコは難なく止められかなり年月が経つのですが、最盛期は一日二箱吸っていたタバコと違って週一~ニってところが微妙で逆に止められないのかも。。。

自分の親父も もうかなりの歳なのですが大酒のみ。ちょっと依存症かと思うところが・・・というよりあれだけ飲むようだと・・・多分(汗)もう止めるようにと他人が言うと「俺はスポーツマンだったから体は丈夫なんだ!!!」と言います。確かに親父は大学へは某競技のスポーツ推薦で入学。後に学生選抜代表選手としておとなりの国で試合しています。当時のおとなりの国はちゃんとした防具をそろえるのも大変な状態だったらしいのです。ですから選手は支給された防具やユニフォーム、その他諸々をおとなりの国に「すべて置いてくるように」と言われ、 試合後何から何まで置いてきたそうです。ま、つまりは供与ですかねえ。団体?も最初からそれが目的っぽく、試合は日本の圧勝だったとか。父に言わせると「お話にもならない」レベルだったそうです(現在はわかりません)この試合は当時の新聞にも載り昔アルバムに閉じてある新聞記事を見たことがあります。

そんな血を受け継いで・・・いるのは弟で自分は運動は全然ダメです。中学時代は運動部入部が校則で決められていて仕方なく運動部へ入部。それを引きずって高校でも入部していましたが全くセンスはありませんでした。そもそもスポーツセンスが全くないんです。ただ高校入学と共に体力がかなり向上したのでそれを勘違いして運動部に入っちゃった感じです。当時高校までは20km弱で すべて上り坂。そこを毎日ママチャリで通っていたので体力だけは伸びたのかも(笑)

その体力も明らかに落ちましたし当時から50㎏太りました。やっぱお酒はほどほどにしないと・・・。
スポンサーサイト
[PR]

いつも通りの通院

いつもの病院で持病の検診を受けてまいりました。

今回は予約時間に余裕がなく 空いた時間で映画ができませんでした。でもまた病院には行くのでその時にでも。週一ペースで病院通っとるがな…って、かなり楽にはなったんですけど(苦笑)

最近はほとんどTVを見る機会がないのであまり気にしてませんでしたが フジTVが以前にも増して経営不振とか。フジというと「月9」「お笑い」というイメージですが自分の中では「時代劇」そして「ホラー」です。

夜中の短編ホラーといえばTBS「新耳袋」が有名?ですけど何度も書いているようにフジの「トリハダ」シリーズが大好き。その流れ?でもある「放送禁止」シリーズも大好き。今年はじめに「放送禁止」が10年ぶり?に新作を出しました。評判悪いようですが自分は面白かった。正当な「放送禁止」の続編でしたしねえ。ただ…今回はじめてストーリー・テラーが出てきたのですが、やっぱりあれは要らない。個人的に邪魔だとさえ思いました。ここの苦情が一番大きいんじゃないかと勝手に思っています。しかし苦情や不評に負けず是非続編を続けていただきたい。それとフジの「幽霊が出ないホラー」というコンセプトはすごく良いので貫いて欲しい。「トリハダ」シリーズの続編「ホラー・アクシデンタル」も良かった。ただ予算の関係かメイン芸能社ホリプロの関係か ちと甘い部分もありましたけど。

とはいえ本来 自分は「幽霊」好き。実際の幽霊は怖いので出てきて欲しくないですが(笑)「幽霊や妖怪話」が基本的に好きです。ですので京極堂「この世に説明できないものなど無いんだよ」という発言にガッカリさせられるタイプ。まあ あれは推理小説ですからねえ、妖怪物を扱っていたとしても。その点、三津田信三は推理を駆使しながらも必ず「@不条理」を残してくれるので好きなんです。(でも純粋推理作品は当然不条理はないのですが)「トリハダ」シリーズは幽霊は出ないけど不条理。でもただの不条理ではなく「もしかしてあるかも知れない」不条理。これは「放送禁止」にも通じるものなので、自分はこの「あり得る不条理」が好きなのかも。

とまあ、これらの話には全く関係ないですが現在4か所の病院に行っています。そのうち3人が女医さん。内科関係だけが男性です。ちなみに足の腫れで通っていた形成外科も女医さん。ですので自分の中ではお医者さんは主に女性のお仕事です(笑)お医者さんは忙しいので時々スッピンでいらっしゃる事があります。が、印象がかなり違う。メイクってある意味すごいなと思う今日この頃でした。

霜月騒動?

霜月に入りました。
今年もはやあと二か月。その朝に電気ポットが壊れました。10年以上使ってるものなので仕方ないかな、と思う反面実家では20年物のポットが現役です。「お金ないのに~」と思いつつポットがないとコーヒーが飲めず不便すぎます。やっぱ買うしかないけど…魔法瓶でいいかなと思っている今日この頃です。

自分にとってはまさに霜月騒動。ですが歴史上の霜月騒動はもっと大変でした。ちょうど元寇の直後の鎌倉時代。北条家管領(北条家の家老)平頼綱と有力御家人の筆頭 安達安盛が争い、安達一族が滅ぼされた事件です。しかし騒動というには規模が大きく構図としては執権北条家側御家人と源頼朝以来の源氏側御家人の対立でした。影響は全国に波及し、安達氏が滅ぼされたことにより(つまり源氏以来の)御家人がほとんど失脚しました。

なんとなく内乱っぽいですが、鎌倉幕府は内乱ぽい事がしょっちゅう。三浦氏、梶原氏など力を持つと他の家から憎まれ滅ぼされました。規模が全然違いますがちょっと新選組の内紛に似てるように思います。新選組の死者は不定浪士との斬り合いで死んだ者より、内部の権力闘争で切腹、暗殺された者の方が多いと言われます。鎌倉幕府も幕府内の権力闘争で滅ぼされた家の方が多いかも。

でもこの霜月騒動は騒動なんてものじゃないような。発端は平頼綱が時の執権 北条貞時に「安達安盛が源頼朝の落胤であると称し、源氏を名乗って息子を将軍にしようとしている」との讒言からだそうです。確かに安達氏は源頼朝の流人時代からの御家人です。が、東北出身で父は藤原を名乗っていた安達氏が「源氏」なんて誰も思っていないはず。

これを信じてしまった北条貞時がアホなのか平頼綱がよほど巧妙だったのか。ちなみに平頼綱はかなりの悪人だったそうです。NHK「北条時宗」でもいじけた悪人に描かれていました。ただその嫁も強烈。最終話は平頼綱が嫁にビンタされるとこで終わってます(笑)日蓮を斬首刑にしようとしたのもこの頼綱。たしか経文で頭を殴ったこともあったような…。しかし一番は安達一族亡き後の専横にあったそうです。北条得宗体制を背景に得宗の花押を偽造したりして専横の限りを尽くし時の天皇からも批判されたとか。しかしその専横を疎まれ、結局安達氏滅亡後7年目 北条徳宗家によって滅ぼされました。

ちょっと というかだいぶ話がそれました。うちの霜月騒動は電気ポットが壊れたこと。お金ないしやっぱ魔法瓶ですかね~~~。

あまり話さない話ですね~。

先日まで気分が滅入っていました。これも天気のせいかな??

台風21号が駆け抜け空は晴れていますがうちの近くの川にはまだ注意報が出ているようです。以前も書きましたが自分が小さい頃は某一級河川の上流近くに住んでいまして、奥には大きなダムがありました。ちなみに雷地方とも言われている地域でしたので夏から秋にかけて夕立が多くその都度、ダムの放流警報を聞いたものです。もう聞きなれたはずのサイレン音なのですが、あれを聞くとやっぱり不安になります。台風ともなれば茶色い濁流とともに流木が珍しくなく、大きな橋の下に溜まっていたりしました。あんな状態なのに魚がいなくならないのが不思議だと思ったものです。

ネットで10月の台風は珍しい、みたいな記事を読みました。でもまあ、来ないわけじゃないですよね。既に台風22号が発達しつつあるらしいですし。ただ季節的にまた日本をかすめるなんてことは少ないようなことも書いてありました。それで思い出したのが元寇。元軍の来襲は二回。一回目は文永の役で1274年の10月20日に博多湾に元軍900隻(と言われる)が現れて博多に上陸を開始。ちょうど今頃ですかねえ??大宰府守護の少弐氏が中心となり防衛戦を開始。しかし元軍の火薬を使った武器と集団戦法に一騎打ちだった鎌倉武士は大苦戦。博多湾から大宰府まで撤退し陣営を整えたところ翌21日。博多湾にいた元軍がすべて消えていました。「暴風が吹き荒れた」となっていますがこれには「諸説あり」なんですよね。

10月21日・・・今回の台風も10月後半だからきっと台風が・・・と思うかもしれませんが実は旧暦の10月21日。今の暦でいえばほぼほぼ12月(11月下旬)台風はちょっと考えられないとの事。ですので「この時は暴風はなかった」説も有力視されているそうです。またこの時の元軍の編成を見ると上陸して占領しようとするような編成ではないという見方があり「つまりこの攻撃は『脅し』と『強行偵察』(一度戦ってみてどの程度の戦力かを見る)でそもそも占領する気はなかった。だから一戦の勝利だけで帰っていったのだ」という説もあります。でもこの時の元軍が全滅していることも事実らしいので何かあったのは間違いないんでしょうけど・・・。確かNHK「北条時宗」(原作 高橋克彦)も『いつの間にか消えちゃった』説だったような。

二回目は弘安の役(1281年)。この時フビライは征東行省(東の征服を行う省)という役所まで設けて東つまり日本を占領する気マンマンだったらしいです。しかも先年に占領した南宋の軍も加えて兵力は14万。そうして博多湾に現れたのは7月29日頃。しかし30日の夜、暴風が吹き荒れ元軍を全滅させました。今度の「神風」はすべての資料に書かれているそうで間違いなく暴風が吹いた。今の暦でも8月下旬から9月上旬にあたり まさにシーズン。台風が来たんでしょうねえきっと。

やっぱ歴オタじみちゃいましたが台風の中、選挙がありました。かつてセールスマンが話題にしてはいけないこと「野球」「宗教」そして「政治」というのがありました。どれも微妙ですもんね。実家も商売をやっていたのでこれらには気を使っていました。けど実は父が某保守系政治家の後援会長でした(笑)ブログでもなるべく書かないようにはしてるつもりですが歴オタ崩れなので「宗教」そして「政治」はちと微妙に出てきますよねえ・・・。今回も元寇みたいな所があるような。。。元寇の時、日本の政治は「鎌倉幕府」という武士の政権、つまり軍事政権が担っていました。各地に守護がおり武芸を磨いていました。もしその時平安貴族の貴族政権だったら、怨霊が怖いので死刑を廃止するような、また健児の制程度の兵力だったら・・・歴史は変わってたかもしれないような(苦笑)

でも刀伊の入寇(1019年)は撃退してるんですけどね(笑)まー、それも武士のおかげですけど。しかもその後に防人復活!!(それも結局武士になるんですけど)

清すぎる水は・・・魚も住めない?後編

定期健診の眼底検査に行ってまいりました。
眼底検査が年々(自分は半年ごとですが)簡単になっていくような気がします。最初の頃は目にレンズを入れて診たのですが、半年前は外側からレンズを使って覗くのみ。今回は通常使ってる検眼器具で普通にみて「異常なし」・・・。う~ん、なんとなく釈然としませんがカルテには以前の具合が書かれてる事でしょうからこの程度で良いと判断されたのでしょうか。それに6ヶ月検診で結構頻繁ですしね。。。

前回の続き

一番 ちと・・・なんだかなあ~?と思うのは個人的には寛政の改革の松平定信です~。
松平定信は吉宗の孫になります。定信直前の為政者は老中 田沼意次(おきつぐ)。昔は「田沼の政治」と言えば賄賂が横行する悪い政治と習いました。田沼意次はそれこそ時代劇に出てくる悪代官そのもののイメージ。ですが、これはすべて松平定信のイメージ戦略だったとの最近の説があります。確かに付け届けや現代なら賄賂に近い物もあったのですが、それは江戸時代の慣習法でもあり田沼が特に悪い事をしたという事実は無いようです。実は田沼意次は経済眼がすごくあり有能な人だった。江戸時代と言えば石高制。武士のお給料は米で払われる。でも米は食べ物であるから売ってお金に変えなければならない。この米を買う商人を札差と言い、実はお米は札差に買いたたかれていました。そりゃそうで、たくさん出回れば安くなってしまうのは道理です。ならば高い時に売ればよいのですがそういう事は「武士はしないもの」だったらしい。泣く泣く安値で売ってたのでしょうかねえ。。。

武士の困窮はこの「米給料制度」が原因と考え、田沼意次は貫高制にしようとしてたらしいです。貫高制と言えば戦国時代初期の制度。簡単に言えば土地から取れるお米を銭に換算するものです。つまりこれからはお給料を米ではなく銭で払おうというのです。こうすればお米は幕府の方で高い時に放出する、とか色々出来て幕府の財政も潤うと考えていたそうです。そして貨幣改鋳。お金の金銀の含有量を減らし、減らした金銀を使い新しくお金を多くつくって幕府の財源にする。そして結局はそのお金が市中にばら撒かれる。これは今でいうお金を刷ってお金の供給量を増やす政策。「黒田バズーカ」の江戸版ですね。つまり流通する貨幣量を増やしデフレを解消する政策でした。言ってみれば重農政策に対して重商政策を行おうとしてました。

しかしこういう考えが松平定信は大嫌いでした。
なんでかと言うと、一番は「祖の法を崩す」 祖先が考えた法律を変えることは儒教において大罪だというわけです。また士農工商と言う身分でもわかる通り、金もうけとは汚い行為と見ていたんだそうです。「商は詐なり」(商売とは騙すことだ)儒教に反するそんな事を幕府がするなんてもっての外じゃ~!!そういう意味で松平定信は田沼意次が大っ嫌いでした。田沼意次の悪事(ほとんどが冤罪)を流布したのは定信だったとも言われる所以です。意次の息子  意知(おきとも)は「悪事の報いで」暗殺されますが、これも松平定信のさしがね説があります。

お上の政策はすべて「金権政治の田沼が悪い」と流布されていた江戸庶民は この暗殺を聞いて大喜びしたとか。意次は息子の死に落胆したのか、その後すぐに失脚します。これには天明の大飢饉直後の政治の混乱という理由もありますが、やっぱり松平定信の謀事だそうです。この田沼意次に剣術指南役として重用されていたのが秋山小平。池波正太郎「剣客商売」の主人公です。池波正太郎はまだまだ田沼意次が「悪徳政治家」と思われていたであろう時代に 既に先見の明を持った有能な政治家(老中)であったと描いています。たぶん、こっちが正しいんじゃないかなあ、と思います。

田沼の失脚後、田沼色をすべて払拭するため松平定信は動き出します。田沼から取り上げた領地に建っていた城は破却。それは礎石まで掘り出して打ち捨てるという念の入れよう。そして「昔に帰れ」とばかりに寛政の改革を行いました。それは庶民から楽しみを奪う「清い改革」でまたまた重農政策。貨幣改鋳は元に戻され市中に出回る金銀が減少、再びデフレ化させる事になってしまいました。この時代を映す有名な狂歌がありますよね。

白河の 清きに魚も 住みかねて もとの濁りの 田沼恋しき
(松平定信は白河藩主)
白河の水(政治)が清すぎて魚(庶民)は住みにくい、濁っていた田や沼(田沼政治)が恋しい、戻りたい。
「水清くして魚住まず」を地でいってる狂歌ですねえ(苦笑)もしかして、この狂歌が語源かしらん???

ただ松平定信は地元白河では名君で通っていたそうです。一番は天明の大飢饉の時、自領白河藩の飢えにうまく対処したこと。ただ飢饉で苦しむ他国からコメを自国だけに集めたとかいう説もあります。またこの飢饉直後だったので重農政策、贅沢禁止になりやすかったことなどの理由はありますが・・・やっぱやりすぎな「清い」政治家という評価でしょうねえ。。。

振り返れば現在、衆議院の選挙ですけど、「清い」とか「改革」とか耳触りの良い言葉には注意が必要なのかもしれませんねえ。。。

PS  ちなみに池波正太郎「鬼平犯科帳」もこの時代の作品。主人公の鬼平こと長谷川平蔵 宣以(のぶため)も「白河公は清廉すぎる」と言うようなことを小説の中で言ってるんですよね。ドラマだと上司は若年寄 京極備前守。多分 松平定信は出てないんじゃないかと思うんです。一応全作観てますが・・・出てこなかったような。。。
♪パンツ占い♪
今日のパンツ占いだよ!
thanks font:S2G
プロフィール

ふじさきまこと

Author:ふじさきまこと
エロ漫画家 藤咲 真です。


単行本は過去12冊
(単行本化されていない作品集めると2〜3冊分ありますけど・・・)

fujimako(A)amail.plala.or.jp
お手数ですが(A)を@に変換してください。
お仕事依頼もここへどうぞよろしくお願いいたします。

FC2カウンター
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
今日の日付入りカレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
リンク
最新記事
最新コメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

QRコード
QRコード
検索フォーム