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源平「ちはやふる」

来年の大河ドラマは「新平家物語」平清盛だそうです。
久しぶり?の源平で期待感があります。しかも平家側から。源平というと義経や頼朝の話が中心でそもそもの平治の乱や保元の乱があまりクローズアップされませんでしたから。でも歴史上、けっこう大きな意味を持っているような気がするんですよね。
保元の乱は自分の息子が天皇位を継げなかった 崇徳上皇と関白の兄に不満にある 藤原頼長が、後白河天皇、関白藤原忠通と争った乱。皇位と関白(氏の長者)をめぐった争いでしょうか。この乱で功績をあげた平清盛は自らの力を認識したということでしょうか。武力を持ち実際に駆使できる「武士」という階級が目覚めた。。。一連の源平合戦の端初ですね。この頃はまだはっきりと源氏方、平家方にわかれてはいませんですし、戦闘は小規模で夜襲でほぼ一日、参加した兵も崇徳上皇側、後白河天皇側、両軍あわせても1000騎から1200騎だったみたいです。後の数千人、数万人規模の戦闘からくらべると確かにあっけないというかんじですね。
でも数十年後、源頼朝が伊豆で平家打倒の兵を挙げた時もその数はわずか300騎。しかも自分の兵は郎党の数人だったといいます。あとは馳せ参じた坂東(関東)の武士達。その数の少なさは石橋山の戦いで後詰め(予備の兵力)はたった3人だったとか。これで「平家にあらずば人にあらず」の平家に立ち向かおうとしたんですから、頼朝ってちょっとすごいかも。。。なによりもこの「源氏の御曹司」にかけてみようと兵を出した諸将、特に平氏でありながら一族上げて味方した北条氏がすごいかもしれません。むしろ頼朝を討ち、首を平家に差し出したほうがよっぽどいいはずですし実際、そういう機会は何度もあったでしょうし。しかし石橋山で大負けした時でも、勝ったはずの平家側からも頼朝を助けるものが出るという・・・これが時代の要請、流れというものなのでしょうか。

話がそれました。保元の乱はその戦闘の規模以上の大きな転換点だったと言います。この乱ではっきり「さぶらうもの」(控えている者)であった武士の力がなければ、時代をうごかせない、実際の武力を握っている武士の力があってこそ革命の成否も決まるということが周知されたからでしょうか。本格的な武士の台頭がここからはじまったのかもしれません。これは当時の知識人である僧の慈円が「愚管抄」に「これより武者の世」であると書いていたりします。
そしてなによりも日本を呪う「大怨霊」大魔王が生まれた戦いでした。
保元の乱で敗れた崇徳上皇は淡路に配流(追放というか島流しですか)されますが、ここで反省の日々を送り戦死者の供養のため大乗経を写経します。それを都の寺に収めて欲しいと朝廷に提出します。が、後白河天皇は逆に「呪詛ではないか」と疑い京に収めることを拒否しました。これだけ反省の態度をしめし戦没者を供養しようという心まで踏みにじられ崇徳上皇は激怒しました。いやそんな言葉ではたりません。その怒りはまさに「怒髪、天を衝く」さまです。その後は爪も切らず髪もくしけずらず、顔色は黄ばみ、目はくぼみ幽鬼の如き姿になったと言います。さらに自分の舌先を食いちぎり、その血で自分が写経した大乗経に呪詛の言葉を書き付け「ー日本国の大魔縁となり、皇をとって民となし、民をとって皇となさん」と宣言し海に沈めたそうです。そしてその姿のまま没したそうです。まさに憤死です。「我々はここで大魔王の誕生に立ち会う」民俗学者の谷川健一は「魔の系譜」の中でこう書いています。上皇がこれだけの怨みを持つのは戦いに敗れたからだけではありません。それは長年にわたる不遇な扱いによるものです。その出自から父である鳥羽天皇にも嫌われ、息子の皇位をも取り上げられ院政も行えず、その挙句が保元の乱。そんな過去も踏まえて反省の意を示していたのに・・・。実は崇徳上皇以前にも怨霊は存在していました。歴史的に認められる一番最初の怨霊は桓武天皇に祟った早良親王でしょうか。聖徳太子も怨霊だと仏教学者で哲学者の梅原猛は「隠された十字架」の中で書いています。一番有名なのは「天神様」菅原道真の怨霊でしょう。しかしこれらの怨霊の中でも崇徳上皇は別格です。なぜなら他の方々は死して後、怨霊になられましたが生きているうち「怨霊になる」しかも「大魔王になって日本国に祟る」さらに具体的に「民を皇(おう)にしてやる」日本国がある限りタタリ続けると言っているからです。その上、武士が台頭し平清盛、源頼朝が政権を持ちまさに「民が皇」になってしまいました。日本に祟り続ける院(上皇)の怨霊は近代にも恐れられます。明治維新、新政府は淡路で没した崇徳上皇の峰に勅使を送りました。「どうか幕府側に味方しないで下さい。お心、お静かにお見守り下さい」というこだったそうです。
「逆説の日本史」の著者井沢元彦は「日本の歴史は怨霊の歴史」と言っています。それ以前にも民俗学者で社会学者の小松和彦「鬼が作った国」と題した本を著しています。大河ドラマではこの保元の乱ををどのように描くかすごい興味があります。「平家物語」によると平清盛の死は凄まじいものでした。熱病で倒れたのですが「熱い、熱い」と転げ回り、たらいに張った水に浸かったらシュウシュウと蒸発してしまったというのです。中学校の頃読んだ本ではこれは高熱の出る「マラリアではないか」と書かれていました。が、これも「崇徳院の怨霊」ではないかと示唆しているそうです。色々な意味で来年の大河は久しぶりに期待しています。
ちなみに確か小松和彦「日本の呪い」に載っていたと思うのですが、東京オリンピックの年にも昭和天皇が勅使を送り崇徳上皇の祭りを行なっているそうです。「日本で戦後初の国際大会であるオリンピックを成功させるためにどうか祟らないでください」ということだったのでしょうか。
ちなみにpart2明治初期に白峯大権現として京都に迎えられ白峯神宮となり、今ではサッカーの神様として有名です。蹴鞠上達の御利益があるらしいのです。いつだったかのワールドカップの折に、TVで顔にペイントしたサポーターが社の前で応援コールしている映像を見たことがあります。

崇徳院の歌は百人一首にも入っています。
「瀬を早み 岩に瀬かるる 滝川の われても末に 合わんとぞ思う」
(早い流れの瀬が滝川になって、岩にぶつかり別れてもまた出会って一本の川になるように、別れたとしてもまた合おう・・・こんな意味でしょうか。)
好きな一首です。実はこれまでの話を思い出したのは先日、アニメ「ちはやふる」を見ていた時です。主人公の女の子が小学生の時 同級生の男の子と勝負して唯一とった札がこの歌でした。あまり深い意味はないのかもしれませんが「別れてもまた一緒になろう」そういう展開になったら意味深長かもしれません。(でも「ちはやふる」は確か在原業平ですから、そっちで意味深長なのかも・・・??)

以上、間違っていたらごめんなさい。読んだのがかなり前の本ばっかりなので(汗)
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