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「偽書『東日流外三郡誌』事件」の感想。ちと、長いです。。。

体調を崩していましたが涼しくなりなんとなく良い気分になってきました。 いつもの年だったらまだまだ残暑に悩まされる時期だと思うのですが本当に急に秋になってしまいましたね。実はずっと単行本の作業も続けていまして表紙も出来上がりました。次のブログ更新の折には表紙のアップが出来たらと思います。エロ漫画家としても正念場、この単行本も売れな・・・いや、日本は「言霊の助くる国」、「言葉には魂」があります。ですからこう言います。「今度の単行本は売れる!!!」
そうでなくては本当に困りますし・・・。

最近巷を騒がせている朝日新聞の大誤報を目にして、ふと以前から書こうか書かないか迷っていた本の感想があるのを思い出しました。趣味の「ムー」的(笑)な分野でもあるし、詳しく書けば長くなりそうだし、批判的に取られても困るので止めておこうと思っていたのですが・・・今回、間もあきましたし書いてみようと思いました。ちょっとムー的なオタク内容に偏った部分があるので読むのが面倒な方は読まないほうがいいと思います。長いですし・・・。それにあくまで個人の感想にすぎませんから・・・・・・。

もう数年前ですが「偽書『東日流外三郡誌』事件」を読みました。

かつて月刊「ムー」などにも取り上げられた「東日流外三郡誌」(つがるそとさんぐんし)は20世紀最大の日本史的発見などと言われ一時「日本古代史を塗り替える発見かもしれない」と称されたりしました。古代、東北地方は独立したもうひとつの王国であった。それは独自の信仰を持ち、現在も謎の「アラハバキ神」は「荒覇吐」と称しその姿はまさに東北から出土する遮光土偶。本当に古代から続いている神が「荒覇吐神」なのです。時代は下がり、奈良時代でさえ東北には独自の王国が歴然とあり独自の外交を世界中と行っていたというのです。それはまさにもうひとつの「日本」。それどころかこの古文書によると、日本の正史「日本書紀」や「古事記」でさえ、中の記述にこの外三郡誌からとられた箇所が多々見られるといい、その上明治の大学者 福沢諭吉の著書「学問のすすめ」の名言「天は人の上に人をつくらず・・・」の出展はこの「東日流外三郡誌」である、という証拠の書簡まで出てきました。まさに日本の古代史を塗り替えるような古文書だったそうです。

日本人のルーツまで描かれているこの古文書。しかし眉唾・・・これほどの眉唾は中々ないかもしれません。

でもこの「東日流外三郡誌」は心打つ何かがあったのでしょう、人々は振り回されました。とある地方自治体では「東日流外三郡誌」から古代の祭りを再現し町あげて行ったり。それよりも欧米の研究機関がこの偽書を「日本の古文書」として保管していて日本史研究の一部にもなっているという事実です。多くのというかほとんどの日本の研究者は「東日流外三郡誌」を明らかな偽書であると断言しています。しかも「江戸時代」に書き写されたものといわれる「写本」自体がどう考えても現代に書かれたもの(少なくとも昭和初期)であると判断されています。つまり、発見者とされる人物が現代に書き上げたものではないかと。・・・つまり「東日流外三郡誌」はインチキ中のインチキ古文書なのだ!と糾弾し、其れに振り回された人々、裁判など検証を行ったのがこの本「偽書『東日流外三郡誌』事件」なのです。

著者は地方新聞の記者であり、それゆえ取材は緻密で正鵠を射ています。時代もあるでしょうが「スクープ」を狙う姿勢もいかにも記者魂を感じさせるものでした。この本を読むと一部にいまだにいるらしい「三郡誌を真実と言う学者」のいいわけが まさに空論と確信させるものです。かつて「神の手」と言われた考古学者の「旧石器捏造事件」を彷彿させますねえ。時期的にもちょっとかぶってますし、日本の古代研究を貶めたという点でもまさに同類行為なのでしょう。

ドキュメンタリーとしてはかなり秀逸で一読をお勧め出きるもの・・・なのですが、一部あくまで個人的にどうにも解せない部分がありました。それは「エピローグ」とされた言わば結論部分です。・・・とここで、ちょっと論調を断言口調にあえて変えてみたいと思います。自分はもって回った表現を好みますが、それだと文章が長くなりそうなので失礼を承知でこれから以後はちょっと断定口調で書きたいと思います。でも、あくまで個人的な意見に過ぎないのは相変わらずのことですけど。。。

途中でも出てくるのですが、この三郡誌を基にした仮想話、つまり小説をいわば大変な悪事とみなしています。言っているニュアンスを要約しますと「三郡誌は世紀のデタラメ、ましてそれを創った人物がそのデタラメで利益を得ようとしている物なのだぞ」「架空とはいえそんなものを題材に小説を書くなんて悪事に加担するも同然」「まさに悪事に乗っかって商売するようなもの」「ロマンがあるではすまされない」

言っていることは一応理解できますが、しかしあえて「だってそれは小説でしょう」と言いたいと思います。

ちなみに「小説」とはどういう意味か。「小説」があるのだから「大説」が当然あります。「大説」それは「歴史書」のことです。本来は中国語であるこの「小説」には元々バカにしたニュアンスが含まれているんですね。「俺らは真実を語っているのに、お前らは架空の事を言ってるだけじゃないか」「だから‘小‘説なのだよ」つまり小説は架空の事なんです、当たり前ですけど。「雨月物語」の作者上田秋成はその序文で「源氏物語」を書いた紫式部や「水滸伝」を書いた羅貫中は地獄に落ちている、だから「雨月物語」を書いた私も地獄に落ちて苦しむだろう、と言っています。なぜなら「小説(ウソ)」を書いたから。ウソをついて人々を惑わしたら地獄へ落ちるから。そう、「小説」はウソなんです。実際明治の大作家は小説を「真実もある嘘八百」と言っています。そんな小説が架空の歴史書を題材にしたからと言って「真実を捻じ曲げて伝えている悪いもの」になるでしょうか。そもそも小説自体が架空でいわば「偽書」みたいなものなのですから。そんな事言い出したらチャーチワードの「ムー大陸」を元にした小説はあってはいけないしですし、武田家遺臣(高坂弾正の遺臣)が記したと言われる『甲陽軍鑑』は現在「偽書」とされています(諸説あり、今後真実とされる可能性はあります)ということは『甲陽軍鑑』を基にした小説はいけないという事になるでしょう。そうなると恐らく現在のほとんどの武田信玄関係の小説がだめだということになってしまうでしょう。 多くが『甲陽軍鑑』から一部にしろ素材を持って来ていますから。そもそもSFはデタラメで架空のものを題材にしています。いまだに間違ったエーテル宇宙論を基盤に置いた小説などがあります。これだからSF小説なんてとんでもないものになるのでしょうか。このように大説(真実)以外はダメ、とこの著者の説ではなってしまいかねません。

実際、小説があまりにも出来過ぎていて「史実と勘違いされている」物はけっこうあります。一番有名なのは「三国志」でしょう。掲示板などでも「あの時代は・・・」と言ってこの「三国志」が取り上げられたりしますが千年以上後に書かれた娯楽小説なのです。「忠臣蔵」もそうですね。元ネタの「仮名手本忠臣蔵」は「赤穂事件」を室町初期の時代に置き換えた浄瑠璃で、明治期になって赤穂事件の名前をつけるようになったものです。当然ながら脚色されていて事実ではありません。このように確かに「架空の物語が事実」と受け取られていることはあります。しかし一方でしっかりと事実が受け継がれていれば(「コレは架空だよ~」と)さほど問題ではないように思います。当事者としては腹ただしいかもしれませんが所詮「架空のロマン」にすぎません。

しかし、これが「歴史のロマン」ですまされないのはどういう場合でしょうか?それは「真実と考えうるにたる信用置ける媒体に書かれた場合」でしょう。一般的には政府広報やかつての官における歴史書である日本書紀でしょう。ちなみに日本書紀は現在も書き続けられていると言います。あと真実に足る媒体はもちろん新聞です。新聞は多くの場合検証をうけて事実と言う場合だけ断定的記事が書かれていると認識されていることでしょう。つまり少し前までは「新聞に書かれていることは事実」と考えられていたという事です、現在は疑う人が多くなったとはいえ。ということは「真実であるべき媒体」が「偽書を真実のように扱って」それを「訂正、謝罪していない事」のほうが重大な問題ではないでしょうか。

これは「偽書『東日流外三郡誌』事件」の中にも書かれていますが『東日流外三郡誌』をまさに正しい文書として扱っておきながら真偽裁判後もそれを訂正していない新聞があるというのです。しかもそれは大手新聞の地方版だそうです。これはゆゆしき問題ではないでしょうか。天智天皇の死には二つ説があるといいます。ひとつは日本書紀にある「病死」説、もうひとつは弟の天武天皇に殺されたという「暗殺説」です。この暗殺説は後の「扶桑略記」という書に記されています。「扶桑略記」は正史である六国史にはない記述があり重要な資料とされていますが正史である「日本書紀」と後の時代僧が編纂したという「扶桑略記」の記述が重なった場合、どちらが信用されるかと言えばもちろん正史である「日本書紀」のほうでしょう。ですから書記の記述である天智天皇は「病死」が通説になっているのです。これが例えば物語(いわば小説的もの)だったらどうでしょう。「太平記」の記述がいかに真実味があっても当時の政府が出していた正式な「歴史書」の前では「所詮物語(架空の作品)」となってしまうでしょう。

後世への影響を考えても「真実であるべき書物」が「間違いを訂正せず載せたまま」にしているほうが小説などの「架空の物語を扱う文書」より重大である言えるのではないでしょうか。

仮に後の歴史家が『東日流外三郡誌』を発見し他に資料はないかと調べたとします。Aという作家の書いた小説が出てきました。しかしこれは架空の事を扱う小説に過ぎないので副次的資料にすぎません。「ちゃんと確証的な資料はないか?」探していたら大手新聞の地方版が出てきました。「これはいい資料だ、当事の新聞にも載っている。では正しい事だろう」こうなるのではないでしょうか。実際先日報道がなされた「慰安婦の大誤報」も日本のクオリティペーパーである「朝日新聞」が言い出して載せているという事が国連や他国でも信用された要因と言っております。この為日本は30年以上悩まされ続けました。(その悩みは現在進行中でもありその罪は大きいと言えます)これによっても判ると思いますが「新聞は真実を載せるもの」という認識があるのです。これらを考えて再三になりますが「いまだに『東日流外三郡誌』を基にした小説(そもそも架空のもの)が出回っている」事より「真実を載せるべき新聞が、事後も訂正をしていない」という事実の方がより重要な問題である上に、後に重大な結果を招く可能性があると言えるのではないでしょうか。

ただ、当事者としての気持ちはわかる気がします。これだけ取材してインチキを暴いてそれを糾弾してきた、いろいろな人を騙して迷惑をかけた物なのに、まだこのインチキに「ロマンがある」と言って小説が出回っている・・・腹が立つのはわかります。でも、それは記者としての客観的な目からではなくあくまで私憤に見えてしまうのも否めないと思います。ただ、やっぱり当事者としては腹ただしい。。。それは重々理解できますし、納得もできました。でも今後「甲陽軍鑑」や「孟子」、「三河後風土記」や「先代旧事本紀」、「ラジエルの書」などの偽書から小説を書いたら「とんでもないことだ!!インチキを助長する輩め」と糾弾されるような世にならないよう願いたいとは思います。

・・・と個人的な意見を勝手に書き連ねてしまいましたがあくまで本当に個人の感想にすぎません。他の感想をお持ちなる方を否定するものでもありませんし自分自身の勝手な思い込みでしかありません。そこはご了承下さい。最後になりましたがこの「偽書『東日流外三郡誌』事件」は大変面白いです。ドキュメンタリーとしてはかなりの良作だと思うので興味がある方にはお薦めしたいと思います。
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