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少し療養しました

少々療養していました。そんな大したもんじゃないのですが現在お盆休みという事で帰京。
というかこのまま療養は終了です。

やっぱり少し体調は戻ったみたいな・・・気がします。しかし療養中も体重はあまり減ることなく0.1tはきれませんでした。残念至極。心臓への負担が大きいので減る事も前提だったのですがなかなか無理らしく、月間2~3kgくらいのペースが良いそうで。ということは5か月で10kgとしてもとの体重(ベスト)にもどすには20ヶ月くらい、ほぼ2年?💦💦
むむ・・・いろんな意味で、このまま一気に復帰したいなあ。

ヒマを持て余していたのでDVDを観ました。ホラーはやめろと言われつつ、ホラーばっかし。
これも悪いんでしょうかねえ???

愛のファンタジー

動画を見ている時、たまたま「愛のファンタジー」の動画を見つけました。

自分にとってはかなり思い出深い曲。たぶん初めて買った洋曲のレコード(懐かしい響き)です。
思春期なり始めのあまずっぱい思い出の日々。
これはフランス映画「ラ・ブーム」のテーマソング。ソフィー・マルソーのデビュー作でもあります。この映画のヒロイン役にたしか100万人超の応募がありその中から一人選ばれたのがソフィー・マルソー。当然ものすご~く注目されました。当時確か14歳。映画のあらすじは憧れの先輩から誘われて初めて「誕生パーティ=ブーム」を開く一人の少女のお話。きらめく青春のアメリカン・スクールじゃなくヨーロッパ的なしっとりとしたストーリー運びでした。それが良かった気がします(よく覚えてないけど)ちなみにこの映画が初めて女の子と一緒に見た映画でもありました。その後はそんな機会ほとんどありませんでしたが(笑)

当時ブッルク・シールズ、フィビィー・ケイツそしてソフィー・マルソーが映画雑誌「スクリーン」で特集されてたりしました。ちょうどデビュー時期が近いせいですね。正確にはブルック・シールズはデビュー作ではないですけど「青い珊瑚礁」が「ラ・ブーム」と同時期、その2年後「パラダイス」でフィビィー・ケイツがデビュー。年齢が確かソフィー・マルソーが14歳、ブルック・シールズが16歳、フィビー・ケイツが17歳でした。しかもブルック・シールズ、フィビー・ケイツはフル・ヌード作品(フィビーはデビュー作)それでトップスターに。今じゃ無理でしょうねえ、あの時代だからこそ出来たのでしょう。そんなお二人に比べてソフィー・マルソーは清純派と紹介されてました。14歳ですもんね(笑)まあ、後々ずっと後になってから脱ぐんですけど。。。

そんな「愛のファンタジー」実は自分にとって悲しい思い出もある曲です。忘れられない曲ですね・・・。

心霊写真特集

連日エアコン稼働で体調が不安定です。やっぱり特にお腹が。食欲は減って良いのかも知れませんが。

今年も心霊写真の季節になってきました。
最近は昔に比べ、心霊番組が減ってしまい少々残念。昔はたくさんありました。午後のワイドショーとかでもやってましたもんね。視聴率が取れないからとかとも言われますが、放送業界で「迷信を過剰に助長する」から控えるように注意されたからとか聞きました。

たしかに心霊写真の解説で「アレ?」って思う事が時々あります。よく覚えてるのは確か木曜のフジの番組だったかな?と思いますが女性霊能者の言葉。日光中禅寺湖のホテルで撮られた心霊写真を武者の霊だと言い、それは場所柄だと言ったこと。番組の解説で戦場ヶ原が近いから・・・みたいなことを言ってしまってました。???・・・戦場ヶ原の由来は男体山の神と赤城山の神が大蛇と大ムカデになって戦った場所。本当の戦場ではありません。また畳が千畳の原という説もあり合戦やら武将とは関係ありません。これはいつだったか日光市役所の観光課に聞いたことでもあります。その時二荒山は宇都宮氏と同盟していたが日光で合戦は行われたか、とも聞いてみましたがそういう事実はなかったようです。
番組は「戦場ヶ原」→「合戦」→「武者の霊」という発想から来たとしか思えないですねえ・・・。しかもその写真の霊は面頬をつけてるように見える。というかそんな事言ってるし。という事は戦国以降。日光では合戦はないそうなので武者の霊だとしても・・・合戦とは関係ない、由来は別の霊でしょうねえ。。。
もう一つは・・・なんだったっけか、神にささげる為、人を殺しその内臓(血だったかな)を入れた壺が写った恐ろしい心霊写真。写真を撮った場所はインカかエジプト辺りかと思ったらなんと日本。見た時思ったのは・・・日本でそんな事してたの???でした。インカなどでは太陽にエネルギーを与える儀式があり、いけにえの人間がいけにえ台の上で生きたまま心臓をとりだされたとか、エジプトでは内臓を入れた壺などがあったと聞きますが、日本ではどうでしょう??東洋では生き埋めか首を切って埋めるか・・・殉死者はそういうのが常識だと思ってました。後々、兵馬俑や埴輪になるのですけど、日本でもそんなことしてたのかしら?しかも日本各地でそういうのが撮られていて、そのうちの一つが写ったのが清水寺。う~ん、時代的に考えても、仏様的に考えても・・・なんででしょう?当時から不思議に思ってましたが、どこかの写真家が光の加減で同様の写真がどこでも撮れる事を証明したとか・・・。それよりも内臓を入れた壺とか、日本では考えにくいように感じます。私が知らないだけかしら???

とは言え昔やってた「2時のワイドショー」の心霊写真特集は大好きでした。解説の霊能者(確か京都の寺院の院長さんだったかと)がものすごい具体的。「この霊はね、明治時代に8歳で死んだ少女の霊でお母さんを探して出てきた」とか「交通事故で20歳で亡くなった男性でひろしとかひろせとか言う・・・」という具合。ドキドキして見てました。

最近は動画ばかりで写真は減りました。なにせフォトショップがありますから信頼性薄くなりますもんね。それに動画の方がインパクト大きいですし。また写っても最近のデジタルカメラでは補正されてしまうとかとも聞いたことが(笑)やっぱり昭和の心霊写真の方が怖かったし浪漫があったかも。

当たり前・・・なのかしらん?

いよいよ本格的に夏になったようです。(梅雨明け宣言出てないですけど、って最近は明けて数日してから発表でしたっけ)
自分的には嫌いでもあり、好きでもある季節です。まず「暑い」とハッキリしてるので対処がわかりやすい。微妙な暖かさが苦手で春が一番気だるいんです。ただ虫が多くなるのが最悪で、なにせ虫嫌いの自分なのに部屋には網戸がない。仕方なくエアコンかけっぱなしになりがち。。。そして半デジタル化の自分には手汗が大敵なので注意すべき季節です。ま、これは普段からの事ですがたぶんアナログ作業の漫画家さんは良く手を洗うと思います。物凄く手汗手油が気になりますので。。。そしてまた、現在の病気が発症した季節でもありました。息苦しくて咳が出て・・・起き上がると10分持たない状態が続き、これはおかしいと思い病院へ行ったのです。が、原因がわからずあちこちの病院に毎日行っていました。この季節はどうもあの時の事を思い出して・・・ちと不安にもなるんです💦💦

そういえば微妙な歴オタ崩れの自分は大きな勘違いをしていたことがわかりました。平城天皇は上御霊神社の祭神だとず~っと思っていましたが違いました。なんで勘違いしてたのだろう???というか平城天皇は御霊でもないんですね。平城天皇は桓武天皇の皇子で平安京(京都)で即位しましたが病弱を理由に弟の嵯峨天皇に位を譲り、平城京(奈良)に隠棲?しました。が、寵姫の藤原薬子やその兄藤原仲成が讒言。謀事を企てもう一度平城上皇を「天皇」にするため京都の政官たちに平安京(京都)を捨て平城京(奈良)に来るよう命じました。これに対し本来の天皇である嵯峨天皇は軍を動かし藤原仲成を射殺。藤原薬子は服毒自殺をとげます。これがいわゆる薬子の変。平城天皇は髪を下ろし出家。失意のうちに崩御しました。

こう見ると・・・平城天皇や藤原仲成、薬子は怨霊になっても良さそう・・・だから勘違いしてたのかしら???
でも、そもそも平城天皇が病弱を理由に奈良平城京に移ったのは、皇子時代にライバルであった伊予親王とその母吉子を無実の罪で落とし入れ服毒自殺(暗殺説あり)に追い込んだために二人の怨霊を恐れての事だとも言われています。事実、伊予親王とその母吉子は御霊となりそれぞれ上、下御霊神社の祭神になりました。怨霊に祟られて怨霊になることはないのかもしれません。。。いやないでしょうねえ、祟る相手もまた怨霊だし・・・。
ちなみにこの辺りの話は高橋克彦「蒼夜叉」に詳しいです。

勘違いと言えば昔の勘違いが今は皆直されて?いますねえ。教科書に載っていた尊氏像や信玄像は今は無いそうで。でも信玄像の方は当時から変だと思ってました。だって武田と言えば「武田菱」。それなのにあの画像の着物の家紋は「武田菱」じゃないんだもん。変だなと思いつつ、2種類あったのかなと思い込んでました。中学生がおかしいと思う事を専門家が長年気付かなかったって方が驚きな感じがします。ちなみに信玄は細面だったとか。死因は胃がんと言われてますからそんな事も関係してるのかな?

勘違い、勘違い・・・勘違いであってほしい事柄もある夏日です。。。

やっぱり暑くなりました。。。

7月に入り曇天が続き蒸し暑くなってきました。今年も今月から後半です。
しかしジメジメという暑さで特にお腹の調子がよろしくありません。一回に服用する薬が11種類16錠に。これだけで腹が膨れそう。。。しかもまだ足の腫れと浮腫みが取れないんです。1日3回(お昼は3種類4錠)これだけ飲んでると・・・やっぱ自分って薬漬けなのでしょうねえ💦💦


「宮本武蔵」をちょこっと読みました。と、言っても吉川英治のものではなくネット記事です。しかもちょこっとなのでカン違いがあるかもしれませんが、現在流布している宮本武蔵像は吉川英治の創作によるものが多いとか。例えば以前書いたかもしれませんが巌流島の決闘で小次郎を待ちぼうけさせたというのは創作らしいです。また武蔵と小次郎の決闘は20代の同年代に描かれる事が多いのですが、小次郎の方がかなり年上(50歳以上、ある説では70歳とも)であったという説が大勢らしいです。

とは言えこれが小説と言うものでしょう。
昔「呪禁師」のあとがきで書きましたが「小説とは真実もある嘘八百」なのですから(笑)というか創作物とはそういうもの、だからこそ面白いのかもしれません。若造とじいさんの対決じゃなんとなく微妙な感じがありますしねえ。。。
・・・ちなみに当時、これを言ったのは二葉亭四迷だったかな?とかてきとーな事を書いてしまいましたが本当は昭和の文豪・佐藤春夫の言葉で「小説とは根も葉もある嘘八百」らしいです。うろ覚えで申し訳ありませんでした。

歴史ものは本当に難しいんでしょうねえ。何故なら一番重要な「庶民の暮らし」が昔になるほどわからない。江戸時代のように庶民の暮らしが中心となり多くの文献が残された時代ならわかりますが、昔になればなるほど歴史書には「特別な事」しか書かれないからです。河原者(被差別民)だった猿楽者が室町将軍に取り入れられる過程などよくわかりません。また地方の国人の暮らしも微妙にわからない。戦乱や一揆(特別な出来事)の記録から類推するしかないところがあるのかなあと思います。

・・・って、もっと考えなきゃならん事がある初夏、雨上がりの朝でした。。。
♪パンツ占い♪
今日のパンツ占いだよ!
thanks font:S2G
プロフィール

ふじさきまこと

Author:ふじさきまこと
エロ漫画家 藤咲 真です。


単行本は過去12冊
(単行本化されていない作品集めると2〜3冊分ありますけど・・・)

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お手数ですが(A)を@に変換してください。
お仕事依頼もここへどうぞよろしくお願いいたします。

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