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清すぎる水は・・・魚も住めない?前編

病院へ行ってまいりました。先日検査した足の腫れの検査結果を聞きに。結果は・・・「原因不明」
また違う病院へ行くことに。。。足が悪いのにまた遠くへ行くんか~~い!と言っても仕方ありません。このままでは靴が履きにくいしその中の靴下も履きにくい、というより脱ぎにくい。脱ぐとクッキリ跡が残るほど浮腫んでるんですよねえ。。。

今やだれでも知ってることでしょうが、江戸時代の3大改革は全て失敗でした。というより改悪と言っても良いものでした。江戸の3大改革とは
享保の改革1716 徳川吉宗
寛政の改革1787 松平定信
天保の改革1841 水野忠邦

自分たちエロ漫画に関して一番影響受けたのは最後の天保の改革でしょうかねえ。確かこの改革から「読み物にみだらな描画はまかりならぬ」というお触れが出て、以来ず~~~とあそこにはスミベタになりました(江戸にスミベタがあったかどうかわかんないですけど(笑))要するに猥褻物として性器を描いてはならぬの原点がここでしょうね、きっと。(間違ってたら ごめんなさい)

今や有名になりましたが江戸時代の3大改革は「改革」とは名ばかりの「改悪」でした。共通する理念は「昔へ帰れ」儒教が流布しきったからでしょうかねえ??と、いうより儒教の最もわるい部分を凝縮させたと言ってもいい「朱子学」を心棒する指導者によって行われたというのが正しいのかも知れません。「朱子学」は以前書いたと思いますが南宋時代の人、朱熹(しゅき)が唱えた新しい儒教の考えです。英語でもNeo-Confucianism(新儒教)と訳される事もあります。が、すごく後ろ向きな考え方です。儒教そのものが「孝」を最高徳目としてるように「古い事」=「正しい」という理念を持ってますが、朱子学はもっと極端だと言います。

時代背景として漢民族の中華(中原を支配する最高の国)である宋が 北方の野蛮人の国 金(女真族、後の満州民族)や元(モンゴル)に負けてしまった。「いや、違うんだ。奴らは武力で国を奪った野蛮な覇王だ。本当は徳を持っている我々 漢民族が正統な王者なのだ」極端に言えばこういう思いが思想になったのが朱子学だと言います。つまり負けているという現実を見ないで「ホントはこっちが正統なんだぞ。だから俺たちの方が偉いんだ!!それを認めろ~」俺が正統だ論ですねえ。これは現代でもどこかの国の行動がちょっとそっくりかな?と思えたり。。。

ともかく江戸3大改革は「祖先の決めた法」と「重農主義」を推し進めるものでした。結果 新しく生まれた価値観や民衆の思いを弾圧してしまいました。すべての改革時代には せっかく花開いた民衆文化がしぼんでしまいます。心中話で有名な近松門左衛門は享保の改革(徳川吉宗)の時代の人ですけど「心中物語は不届きである」として禁止にされてしまいした。ま~、当時心中が増えていたらしいからチョッと仕方ないかなとも思うけど それだけでなく歌舞音曲は縮小、色街も華美な衣装や音曲は咎められ、贅沢品は禁止。おかげで職人は職にあぶれていきます。高いものはダメだから安いものばっか出回る。職人や料理人も安いものしか売れないから儲からない…。これって今で言うデフレですよねえ。。。吉宗というと貧乏人の為の「医療院」とか「目安箱」を設置して民衆の声を聞いたというイメージですが 実はその改革のほとんどが倹約政策と農業回顧政策だったそうです。能力主義を取り入れたのも有名で南町奉行 大岡越前がその代表ですが、後々すこ~しヤバイ方向に。何故なら江戸時代通じて最も農民を苦しめた非情な代官は吉宗の時代に現れたそうです。つまり「能力がある」から農民から沢山「むしり取った」わけですね。しかも吉宗のお気に入り…。ま、有能には違いないんだろうけど…ねえ。。。

現代でもお上が考える「有能」と下々が考える「有能」にはやっぱ差があるようですしねえ。ある動画を観ていたら某省で「有能」とされるのは「税を上げる政策を提案する人」であり「景気や国民所得を上げる政策を提案する人」はあまり評価されないんだとか。景気や国民所得が上がれば結果 税収が必然的に上るんじゃないかと思うのですが手っ取り早く「取る」方が評価されるんですねえ、やっぱり。ま、その動画を観た限りのお話ですが(苦笑)

神が在っても神無月

10月に入りました。

10月の別名「神無月」各地の神が出雲大社に出向くため「神がいなくなる月」だから「神無月」となったと昔 教わりました。が、「大語源」によるとむしろ「神な月」(神の月)から「神無月」になったという全く逆の説。これは6月を「水な月」(水の月)=「水無月」というのと同じ。出雲地方では神が集まってくるから「神在月」と言うのですがこれも本当は俗信なのだそうです。

10月は収穫祭や田の神が山の神に戻ったりと確かに神様がお忙しい月。出雲に出向いていられませんね。ちなみになんで神様が出雲大社に出向くかと言えば祀られている大国主との会議が目的。神様 皆んなで相談し今後の運命や人の生き死にを決定するんだそうです。でも昔はなんで出雲なの?日本の最高神、天照大御神の伊勢神宮じゃないの?と思ってました。が、日本の神は一神教と違い、役割がはっきり別れます。これはギリシャ神話とかでもそうですが死の神が生き物の運命(死)を司どり決定してるのです。ギリシャ神話や北欧神話では死の神が実は「他の神の死」も左右していたりするんですよねえ。場合によっては最高神ですらその決定に従わなければならなかったりします。大国主もそういう神様なんです。現世(うつしよ)を天照大御神が統治し、大国主はあの世(幽世=かくりよ)死を司る神になりました。そして日本的なところはそれでも「死=運命」を「神様皆で」決めるところ。・・・というかこれは大国主の動向を皆で監視するためなのかもしれません。なにせ大国主は古事記では須佐之男命の6世の孫(日本書紀では息子)・・・実はタタリ神なのです。

・・・とまあ、自分の勝手な解釈なわけですが(笑)大国主命はなんだか特殊な神様なんじゃないのかしらん?とは昔から思っていました。そんな神様にちなむ月・・・災い転じて福となる・・・はず!!

メールが変になりまして。。。

ウィンドウズ10のお付きのメールが変になりました。

ウィンドウズの警告から「fujimako@の環境が最新ではありません」というナゾの報告が。
「なんじゃらほい?」と思ってメールを開けてみたらメールを受信してくれない(汗)いまだにパソコン初心者の自分はプロバイダーに電話で聞いたり販売店のサポートに電話したり・・・。

結果、メール用のソフト自体に不具合が出てるかもしれないと言われ「初期化」がいいと。それはきついです。「ではチェックポイントに戻してみては?」そうしたら復旧しました。一安心しましたがチェックポイントが一か所しかなかった。なんかwin7の時は数か所あったような気が。。。

とりあえず謎の不具合は知らないうちに謎のプログラムをダウンロードしてたのだろうと言われまして。全く記憶にないのですが・・・そういえば。すごい久方ぶりに見た無料エロ動画サイトがなんか面倒くさくなってたなあと思い出しました。あれかしらん??でも結構有名なサイトだと思うのですけれど、あれ。

しかしながら・・・メールあんまり来ないから支障が少ないという(苦笑)でも、こんな調子ではやっぱり永久に初心者です。。。

う~ん、やっぱ難しい事ですねえ。。。

右足の腫れが全然引きません。
痛風にしてはちょっと長すぎると思いかかりつけ医に行ったところ大学病院に行くように言われました。でも・・・遠いんですよねえ、というか遠すぎます。なかなか行きにくい。

動画を観ていて思う事。最近、多く出てくるのが「ブーメラン」です。
まあ、政治の世界で今やこの武器が多く出てきますが(特に某野党)学問?の動画にも時々見られる気がします。最近、ある学者?さんにハマって良く見てるのですが、この方は戦国武将や歴史から例えを持ってくることが多い。動画ですのでいつの発言かはわからないのですが歴史から例えを引くのはやめた方がいいのかもしれないなあと思いました。「人間は表面だけ見てちゃダメよ」って主張なので特にそう感じられてしまいます。

昔ってある意味今より合理的だった部分もあるんじゃないかなと感じるんです。例えば戦国末期から江戸時代の石高制。1石とは1年間に一人の人が食べるコメの量。それが取れる面積が一反。そして10反が一町になります。しかし歩で測ることもでき、300歩が一反でもありました。加賀100万石前田家。これは1年間で100万人が養える(米だけの話ですが)大名という事です。ちなみに一万石=250人という公式?もありました。一万石の大名は250人の兵を出せるという公式です。実際には時代や地域によって上下しますけどほぼこれが平均だったと言われているようです。ですので桶狭間の合戦の時。織田軍は3000人だったというので織田信長は多分12万石。対する今川軍は公称4万、実数24000~27000位だったので今川義元は100万石。最近は奇襲ではなく正式対峙?だったという説もあるそうですが戦力差は約10倍でした。

ちと話がそれましたが昔だってかなり合理的で むしろ昔の方がわかりやすい事もあるように思うんですよねえ。ただ古いとしてしまう事もまた「表面だけ見てちゃダメ」な感じがするんですよねえ。。。

ちなみに封建的とされる長男相続もまた歴史の要望だった部分が多い気がするんです。
例えば鎌倉時代の武士は平等相続でした。場合によっては女子にも相続権があったと言います。武士は家門を維持するため子沢山でもあります。それを平等に相続させてしまっては大地主でも結局小作人沢山の状態になってしまいます。特に武士は幕府から命令されれば軍事や作事(築城など土木建築)に出向かなければなりません。その際の出費はすべて自前。そのために幕府から土地の権利を認められているのですし。しかし平等に相続だった為に小作人沢山の状態になってしまい破産する武士が多数出てしまいました。そういう武士の不満がたまっている所に元が来襲。勝っても恩賞をくれない幕府(防衛戦なので土地を取ってないので仕方ないんですが)に益々不満がつのり結果鎌倉幕府は崩壊しました。

そこで室町時代になると惣領制になります。惣領制とは沢山兄弟がいるうちで「一番優秀」な者が全てを継ぎ、残りの兄弟は家臣になってそれを盛り立てるという制度です。全てを継げる者を惣領と言いました。ちなみに今では長男の事を惣領とも言いますが(私も良く言われました)正確には違います。だって長男が「一番優秀」とは限りませんから。一見、優秀な者が全てを継ぐという理屈にも合う合理的な相続法のように見えますが これがとんでもなく問題でした。例えば父が三男を「一番優秀」だと見て「惣領は三男だ」と決めたとします。これに長男、次男が「わかりました、弟が後を継いだら私たちは弟の家臣になります」と簡単に承諾するでしょうか。実際そうはならず長男、次男は反旗を翻し骨肉相争う「お家騒動」に発展しました。こうなりやすいので多くの場合やはり長男が跡継ぎになるのですが・・・結局、惣領制です。弟が「俺の方が優秀だ」と思えばやっぱり内乱になってしまいました。室町時代の大大名のほとんどに内乱が起こり骨肉相争い衰退してしまったのです。それは戦国時代を招いた応仁の乱が将軍家の後継問題に各大名の後継問題が絡んだものというのにも表れているのかもしれません。

これらを一挙に解決する方法が長子相続でした。バカでもアホでもとにかく長男が継ぐ。弟は家来。これが徹底されれば内乱は起こりませんし、大大名が分割されてしまうような事も起こりません。有能な弟は兄を助ければ良いのです。これを徹底したのはやはり徳川家康でしょうねえ。有名な逸話があります。2代将軍秀忠と正室の江は長男の竹千代より次男の国松の方が優秀だったので3代目は次男の国松にしようと考えていました。それを聞いた家康は隠居所の駿河から江戸城にひょっこり「遊び」に来た。家康は上座から竹千代、国松兄弟に謁見します。長男竹千代には「竹千代どの」と敬称付きで呼び、手ずからお菓子を与えました。それを見た国松が近づこうとすると「国松は待っておれ!」と叱りつけました。そして国松には「菓子じゃ。受け取れ」と言って放ってよこしたと言います。これは言外に「3代目は長男竹千代、国松はその家来」と秀忠、江夫妻に示したものでした。この竹千代が後の三代将軍家光、国松(国千代)が駿河大納言忠長です。南条紀夫「シグルイ」で忠長は殺生大納言として血に飽いた残酷なお殿様に描かれています。が、最近ではちと眉唾ではないかという説もあります。試し切りや辻斬りを好んだのは若き家光の方という説も有力。思えば殺生関白として処断された豊臣秀次も秀吉に血を分けた秀頼が生まれた為に汚名を被らされたというのが本当っぽいですしねえ。有力者を処断する理由に「残酷」というのがこの時代多すぎるように感じます。忠長も兄家光から切腹を申しつけられました。

また話がそれましたが こういう理由で長子相続が一般的になっていき、戦前まで続きました。これを「封建的で不合理」というのは「表面だけ見てちゃダメ」と言う人の言葉とは・・・ちょっと、う~んとも感じてしまうんですよねえ。まあ平等と言うなら鎌倉時代、合理的と言うなら一番優秀な人を選ぶ室町時代でしょう。でもここまで考えて例を出すのも逆に大変かもとも思ったりして・・・。やっぱ、難しい。。。

動画を観ていて思った事

最近、ある学者?さんの動画を観ていて思いました。その学者さんの言葉では
「日本人は政治でフェステバルのように騒ぐのが好きだ。もともと政治をまつりごとと言うのはそうだから」
・・・と言うような事を言っている動画でした。う~ん、確かに最近の選挙などはお祭り騒ぎ(フェステバル)のようだけど例えとしては適切じゃないような・・・。

日本が政治の事を「まつりごと」というのは古代、天皇が神事をする事自体が政治だったからでしょう。国家鎮護がいい例で、天皇陛下が国家鎮護を神に祈り祀ることが政治そのものでした。

例えば鎌倉時代の元寇。元軍と鎌倉武士は勇猛に戦い、2度目の弘安の役の時にはあまりにも鎌倉方の攻撃が強く、陸上で野営する事が出来ず船に戻ったところ、そこに台風(神風)が襲い元軍は全滅したのです。(一回目文永の役の時は台風はなかったという説が有力)これは明らかに鎌倉武士の奮戦のお陰でした。しかし皮肉な事に純粋な防衛戦だった為、一坪の土地も取ってません。だから防御に奮戦した武士たちに充分な恩賞(土地)があたえられず、その不満が鎌倉幕府崩壊に向かってしまうんです。
しかもこの時、武士だけでなく公家(貴族)も鎌倉幕府に恩賞を求めました。何故なら「神風が吹いたのは我々が神を祈りたてまつったからだ」と言う理由です。これもなんか大雑把な例えですが、こういうのが貴族の政治であり「まつりごと」なるのですよね。

しかもこの時代、朝廷は院政(天皇よりその父である上皇が政治の実権を握る事)でした。こっちの方がわかりやすいですね。そもそも何故、院政が始まったかと言うと天皇は「まつりごと」が多く、実際の政治に中々集中できない。そこで天皇をやめた上皇が実権を握ることで 天皇は「まつりごと」に専念、上皇が実際の「政治」をするようになったのです。もともとは藤原氏対策だったわけです。摂政、関白(藤原氏)を有名無実化する為の制度でした。

こういう事から今でも政治を「まつりごと」と言うのだと思います。ですので・・・フェステバルが好きだからという例えには向かないなあと感じますねえ・・・。
♪パンツ占い♪
今日のパンツ占いだよ!
thanks font:S2G
プロフィール

ふじさきまこと

Author:ふじさきまこと
エロ漫画家 藤咲 真です。


単行本は過去12冊
(単行本化されていない作品集めると2〜3冊分ありますけど・・・)

fujimako(A)amail.plala.or.jp
お手数ですが(A)を@に変換してください。
お仕事依頼もここへどうぞよろしくお願いいたします。

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